東日本国際大学の基となったいわき短期大学は、昭和41年(1966)4月1日開学、昌平黌精神によって設立されたものであり、この年代表が示す通り、徳川氏は将軍の侍読であった林道春(大学頭家の祖・羅山)の儒教を支持し、講学の地(5千余坪)を上野忍ヶ原に与えて私塾弘文館の建設を援助した。その後、尾張大納言義直は主命により弘文館に孔子像を祀る聖堂を建立、後に将軍家光は廟に参じ羅山に「尭典」を講ぜしめ、ついで釈菜の例を行わしめたのが、昌平黌の起源であり、これにより、徳川幕府は朱子学を道徳の基本として、幕府の精神的支柱とした。
明歴3年(1657)江戸に大火があり、廟堂焼失、図書、祭器の諸庫も弘文堂も焼失したため、一時期これを改造し授業を行ったが、元禄3年(1690)五代将軍綱吉は再建を命じ、上野の土地が手狭となり神田湯島台に大成殿を建立、孔子の像を移させ、一名昌平坂学問所と唱えた。湯島聖堂、聖橋、昌平坂、昌平橋などはこのときからの呼称である。
昌平黌学問の貫く根本は、孔子の教えをもとにした朱子学であり、その呼称は、孔子誕生の地名、中国魯の昌平郷をとり、昌平黌としたものである。一方、昌平の意は、国運が盛んで泰平を指すと考えられ、八代将軍吉宗の時代(1716~1745)には殊に厚い加護を受けてきた。
天明6年(1786)昌平黌は再び火災に見舞われ聖堂もろとも孔子像を焼失し、寛政11年(1799)の聖堂再建までの12年間は、木像がわりの孔子画像が祀られた。その画像はときの尾張大納言が同藩儒官明倫堂督学、細井徳民(平州)に命じて描かせたものであり、後、故あって江戸開城に功績のあった勝安房(海舟)の許に保存され、その後、本学の黌宝として引き継がれてきたという意義深いものであり、この画像、すなわち天明の昔、昌平黌の儒子たちに拝されてきたものであると伝えられる。
寛政4年(1792)、老中松平定信の寛政の学制振興策によって、異学を禁じ、大学頭には植村候から入って林家を継いだ烈が就任、尽力したため、昌平黌学業試問に応ずるもの三百数十人という激増ぶりを示し、かつ、諸藩士および処士の入学を許可したことから、幕府官立の学問所として学習院と並び威名を海内に振るうようになり、幕府文教の中心機関としての性格を一層明確にした。
斯くして昌平黌の目的は、日本人づくり、国づくりにつながり、その精神はやがてまた明治の教育に引き継がれ、昌平黌は維新後、明治2年(1869)東京大学の前身となった。昌平黌幕末の塾頭は儒者佐藤一斎であり、その高弟であった田辺新之助は昌平黌精神を敬愛し、本学の前身である現開成学園を創立。さらに明治36年(1903)昌平中学を設立し、昭和23年(1948)学制改革により昌平高等学校となり、そのまま現法人に引き継がれ、昌平黌いわき短期大学が設立されたが、続いて平成7年4月には、東日本国際大学の開学となり、昌平黌建学以来の大精神が生かされている。
なお、湯島聖堂は今日も聖廟、孔子廟として存在する。
[元いわき短期大学教授(民族学)故藤沢衛彦記]
昌平黌年表
| 1630年 寛永7年 | 徳川氏の援助により、林羅山が上野忍ケ原に私塾を設立。後に「弘文館」となった。2年後に孔子像を祀る聖堂を建立。 |
|---|---|
| 1633年 寛永10年 | 将軍家光が廟に参じて林羅山に「尭典」を講ぜしめ、釈菜の礼を行う。 |
| 1690年 元禄3年 | 明歴の大火(1657年)で弘文館が焼失したため、五代将軍綱吉が神田湯島台に大成殿を建立し孔子像を移させ、これより昌平坂学問所と称す。 |
| 1797年 寛政9年 | 老中松平定信の学制振興策により、昌平坂学問所は、昌平黌として学習院と並ぶ幕府直轄の官立学問所となる。 |
| 1869年 明治2年 | 昌平黌は、明治政府に引き継がれ、東京帝国大学の前身となる。 |
| 1903年 明治36年 | 私立東京開成中学校内に開成夜学校を設立、昌平黌の歴史と精神を受け継ぐ。 |
| 1923年 大正12年 | 関東大震災を契機として開成は日暮里、昌平は神田駿河台に分散。 |
| 1936年 昭和11年 | 開成夜学校の校名を昌平中学と改称。 |
| 1948年 昭和23年 | 学制改革により昌平高等学校と改称。 |
| 1966年 昭和41年 | 昌平黌短期大学を設立。(これより昌平高等学校は募集停止・1979年廃止) |
| 1972年 昭和47年 | 法人名を昌平黌と改め、「いわき短期大学」と校名変更。 |
| 1989年 平成元年 | 大成殿を建立。(台湾より孔子第77代直裔孔徳成氏を迎え、釈尊を行う) |
| 1991年 平成3年 | 大成至聖先師孔子祭典、昌平学園創立90周年記念式典、いわき短期大学設立25周年記念式典を開催。 |
| 1995年 平成7年 | いわき短期大学商経科第 I 部、 II 部を改組転換して、東日本国際大学経済学部設置。 |
| 1997年 平成9年 | 昌平黌創建200年祭開催。(東京湯島聖堂の後援を得る) |
| 2000年 平成12年 | 東日本国際大学附属昌平中学高等学校設置。「中高一貫教育」(平成の中興)大成至聖先孔祭式典、21世紀儒学文化に関する国際会議開催。 |
| 2002年 平成14年 | 昌平中学創立100周年記念行事、国際儒学シンポジウム(儒学と平和経済学)を開催。(6/21・22) |